目の前のもの

 

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わたしがが何かに勝って、

自分の優位を証明したい気持ちのときには、(わたしはすごいって)

 

わたしの現実には競争相手が現れた。

 

それは、負けるのが嫌だ! 

という気持ちに気付かせてくれた。

 

わたしは、勝ち負けがある、という幻想から、

目覚めることができた。

 

 

 

わたしが何かを護るために

戦闘態勢に在るときには、 (彼との関係を護りたいとか)

 

必ず敵が現れた。

 

それは、失うのは嫌だ! 

という気持ちに気付かせてくれた。

 

わたしは、失うことなどできないという幻想から、

目覚めることができた。

 

 

 

わたしが申し訳なさそうに生きているときには、(自信がないとか)

 

わたしを責める人が現れた。

 

それは、大事にされないのは嫌だ! 

という気持ちに気付かせてくれた。

 

わたしは、自分には大事にされる価値がないという幻想から、

目覚めることができた。

 

 

わたしが、自分以上のものになろうとしているときには、

 

わたしを、けなす人(決して認めない人)が現れた。

 

それは、力無い自分は嫌だ! ダメだ!

という気持ちに気付かせてくれた。

 

わたしは、自分に力が無いという幻想から、

目覚めることができた。

 

 

 

わたしが自分を愛しているときには、

 

わたしをたいせつに扱ってくれる人が現れた。

 

それは、わたしが満ちていることに気付かせてくれた。

 

 

わたしは、個人であることの幻想から、

目覚めることができた。



 

以上の言葉たちはとても抽象的だ。

 

現実的なものがある。 

わたしのブロックだったお金について。

 

わたしが経験したのは、

 

自分がお金がないと思って、

お金が無いのはよくない、と思って生きているときには、

 

お金がない、が口癖の人、

お金について狭量な人たちが目の前に現れた。

 

それは、自分が貧しく生きていることに気付かせてくれ、

お金がないことは良くないことだと信じていることに

気付かせてくれた。

 

わたしは、自分が貧しいという幻想、

お金があることが良いこと、無いことが悪いことという幻想から、

目覚めることができた。

 

周りは、お金にすごく余裕のある人が、増えた。

(お金持ちとかということではなく)

 

 

目に映るすべてのものは、

かけがえのない目覚めを運んでくれる

メッセージなのだ。 (by ユーミン