愛がすべて? 愛されるしかできない

 

「愛」って言っても、

いろんな取り方があって、

ひと言で表すのはむずかしい、

と、最近思う。

 

「愛」がある、っていうと、

「愛」がない、という状態が存在してしまうのでね。

 

それでも、声を大にして「愛」がすべてと言ってみる。

 

それは、

自分が

何をしても、しなくても、

何を感じても、感じなくても、

何ができても、できなくても、

 

例え今、

自分なりの「良からぬことを」思ったとしても、

自分の中で「NG」なことを、してしまっても、

 

自分の身に、どんなことが起こっても、

 

すべてはただ起こっていて、

すべては愛の中の出来事だから。

 

すべてひっくるめて、自分を「愛する」ことが、

とても大切だから。

 

「わたし」は、心の底で、

「わたし」は愛されるに値しない、と思っている。

 

(もちろん、愛されることが当たり前と生きている人は

たくさんいるし、そういう人は、悩み苦しみとはあまり

縁がないかも知れない)

 

その上、いろんなことを、

ほんとうにこまごまとした、些細なことで、

自分を叱り、否定し、罰を与えている。

 

心の中で、言葉で、行動で。

 

「っとに、バカだわ」

「なんてことしたのかしら、わたしったら」

「大きらいなんて、思っちゃダメダメあせる

「すぐに、動けないのよね~、ダウン

「三日坊主で……叫び

 

気付いていることもあるし、

気付かないまま、無意識レベルで、

ダメ出しをし、否定する。

 

それは、ほんとうは苦しいことなんだ。

 

自分にダメ出しするのもいい。

 

でも、なんか苦しいって気づいたら、すべてやめる、と決めてみよう。

 

 

そんなときにとても勇気づけてくれる、

「愛してる」という言葉。

 

「っとに、バカだわ」ってわたしも、愛してる。

 

「なんてことしたのかしら、わたしったら」ホント愛してる。

 

「大きらいなんて、思っちゃダメダメあせる」思ったって愛してる。

 

「すぐに、動けないのよね~、ダウン」でも愛してる。

 

「三日坊主で……叫び」いいジャン、愛してる。

 

 

 

愛されないと思っている「わたし」が、

「わたし、愛してるよ」と言っても、

 

効果がないことがある。

 

そんな時は、

ここにいる「わたし」ではなく、

少し高みから見守っている存在?

 

そんな存在からの

「愛してる」

だと、意識してみる。

 

宇宙とか、神とか、大いなる存在とか、すべて、

なんて言うと、

 

怪しい、変な世界に行きそう、って思うかもね。

 

 

 

それでも、そういう存在から、

「愛してる」

と言われていると感じるだけで、

胸が温かくなるのは、わたしだけだろうか。

自分が大切な存在だと思えるようになるのは……。

 

 

徹底的に、心の底から、自分を愛することにかけてみる。

 

一瞬一瞬、自己否定する癖から抜け出す呪文が、

 

「愛してる」という言葉。

 

 

自分を大きく包み込む存在から言われている、

 

愛されている、許されていることを実感しながら、

 

一瞬一瞬を過ごしていると、

 

変化は必ず現れる。

 

 

在るがまま、そのまま、

ただ、そこに居る

 

それが「わたし」である = 愛。

 

 

 

 

愛してる