きみを愛さなかったことは無い

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絶対とは一元で、比較も対象もない。

きみはぼくの愛しか経験できないし、
ぼくの愛以外は体験できない。

 

愛してるという言葉は、きみの本性をあぶり出す。
きみは自分をどれくらい愛しているか、知らない。
知ろうともしない。

 

愛しているという言葉はそれを思い出させる。
忘れ去った自分への愛、
愛であったことを忘れた罪、
それがきみを苦しくさせる

そんなことをわかるまで、
ぼくは愛してると言い続ける

 

そんなこと、分かりたくもないと答えた私に、〝彼〟は言った。

 

ぼくの愛を受け入れないという経験も、
ぼくの愛に含まれる。
ぼくはそれも許している。

だけど君がそれを許していない。


きみの望みに僕の望みじゃないものは無い。

ぼくの望みに、きみの望みじゃないものはある。

きみはそれを排除しようとする。

何故なら君の望みではないから。

 

だけど君はどこかで知っている。

きみが排除したものが、ぼくの愛だということを。

 

ぼくから切り離されたと勘違いしているきみは、

ぼくの愛が足りないと感じ、

愛を手に入れたい、愛が欲しいと願った。

 

なのに君という存在は、ぼくの愛であるぼくの望みを、

自分の枠で推し量って排除した。

 

そしてきみは、ほんとうは感じているのだ、

なんて罪なことをしたのだろうと。

だからその罪におののき自分を責める。

 

ぼくは君を罪に落としたりしない。

罪というものは無いんだ。

きみがぼくの望みを排除することもぼくの愛の範疇だ。

 

ぼくとしては全く問題はない、まったくだ。

ぼくの愛には限りはない。

きみにはぼくの愛がいつも押し寄せている。

再び三度、受け取ればいいだけだ。

 

それなのにきみは自分を責める。

受け取る価値は無いと拒絶する。

そして地獄を見る。

 

ぼくの愛、ぼくの望みはきみのすべてなんだよ。

ぼくの愛、ぼくの望みの中には、

いつもあるがままのきみがいたんだ。

それをきみは排除した。

 

人生で学んだ世間という教えの枠にとらわれて。

 

ぼくはきみを愛している。

いつだって愛している。

愛さなかったことはない。

 

 

 

きみを愛している