悟りとTowa'sタロットで  運命を超える

人生の目覚めとタロットのお話

なぜ、悲惨なストーリーを紡いでしまうの?

すべてがただ起こっている、中で、

いったいなぜ人はストーリーを悲惨にしてしまうのか。

ずいぶんと間が空いてしまったので、
前の記事を読み返したい方はこちらへ( ^ω^)・・・


ストーリーを悲惨にする理由に入る前に、
わたし達が生きてきた環境について少し。

わたし達が生きてきた環境って、

ただ起こっていることを、
ただ起こっていることと認識できず
ストーリーとして生きている人々の世界

それはつまり、延々と続く古い人間の在り方

その中でみんなが生きてきました。

ストーリーとして生きている世界は、
真実の世界とは明らかにズレが生じます。

「わたし」目線ですし、後付けです。
要するに、都合よく編集されている、のです。

 

その様子を、少し長くなりますが、
映像として想像しながら読んでみてください。

産まれ落ちた時、動物は生きるために
眠る
飢えをしのぐ
排泄する
の基本の二大欲求+αを満たさなければなりません。

お腹が空くと、泣いて母親にお乳を求めます。

上手く排泄できない仔は、動物なら舐めて促してやりますね。

眠くなると寝ます。
まあ、抱いてくれとせがむ子もいますが……。

空腹が満たされ、排泄し、眠る。
安心と幸福に満たされて快適です。

この頃のわたし達は、十分に「今に在る」生き方をしています。

ところが、遅かれ早かれ、
この快適さが満たされない時がやってきます。

わたし達の欲求は、周りの人々の都合によって
満たされないことが増えていきます。

特に、自分で行動できるようになってくると
その機会が増えます。

最初は、阻止です。
あれをしてはいけない
これをしてはいけない
こうしなければならない

そして、在り方へ。
こうで在らねばならない

まだ小さなころは、思いが遂げられないことを
怒ったり泣いたりして訴えたりもします。

それで、快適を手に入れられることもあったでしょう。

でも、それらはやがて、
良い子、悪い子、素直な子、わがままな子
どんな子、こんな子。
様々な評価として、わたし達を縛りはじめます。

(とても抽象的に表現していますが、
親の一挙手一投足、心無いつぶやき、無慈悲な一言など
さまざま形で阻止や評価はやってきます。)

わたし達は、その中でぎりぎりまで許されるものを、
自分にも許して生き始めます。
何を抑え込み、何を表現してどういう人間でいることが、
自分にとって安全か。

この安全確認をし、コントロールするのが、
エゴの役割です。

わたし達は、生きるために愛を得なければならない、
要するに、親に気に入られなければ、
自分は存在できないという危機感によって、
(できればより快適にという欲求によって)
エゴを作り出すのです。


エゴは内面の体験を監視して、
外側の世界と関わる方法についての責任を担っています。

人生におけるエゴの最初の役割は、

欲求、痛み、怒りのような、
苦しくて不愉快で、危険に感じるすべての感情を
抑圧することでした。
エゴの意図は拒絶されるという体験、
値しないと感じる体験、
孤独を感じる体験を最小限にして、

快適だと思い込んで生きさせることなのです。


さて生きるための安全確認、あなたなら、何を基にしますか?

え? 何? 

って、経験しかないでしょ。

ですよね。

エゴは、経験という過去から、
自分の生きる術を編み出していくのです。

これは、怒られたから、こうした方がイイ。

あれは、認められなかったから、こっちからいってみよう。

とかとか、などなど。

エゴはわたし達の身の安全と同様に、
存在の安全も見守りながら、
どんどん過去の情報を集め、分析していきます。

経験は過去から作られ、過去として蓄積していくのです。

その、過去への蓄積方法、
最も印象に残るように編集された形での蓄積、
それが、ストーリー化です。

わたし達は、自分を守るために、過去に学ばなければならず、
過去に学ぶために、記憶としてストーリーを必要とするのです。

それならそれは、なんだかとても大事なこと…。

のように思えますよね?


長くなりましたが、やっとたどり着きました。

「いったいなぜ人はストーリーを悲惨にしてしまうのか。」

それは、「今」過去に生きているから。

答え:

「今」
「過去」に紡がれた「悲惨なストーリー」を基にした記憶で、
「今」の真実とはちがう
「ストーリー」を紡ごうとしているから。

ネタが悲惨なら、悲惨なストーリーができるのは当たり前。

ただし、救いがあります。

ストーリーが必要な人なら、ね。

ストーリーは「今」なら作り変えられるんです。
何をどうアレンジして、
どんなストーリーにしようとしているかに
気 付 け ば 。


ストーリーなんていらない、完全に「今」に居るって人なら、
ま、この話自体意味ないかなぁ。

でもね、個人的意見なんですが、
せっかく人間として生まれてきて、
エゴと一緒に生きていくのに、
ストーリーで遊びながら生きるのも、悪くないかなあ……、
なんて思ってるんですよね。

 

今日もお越しいただきありがとうございます。

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